認知症の新しい理解 2025

これまで、認知症は アルツハイマー病(AD)レビー小体型認知症(DLB)ピック病(FTLD)パーキンソン病(PD) など、個別の疾患として分類されてきました。しかし、近年の研究では、これらの脳神経変性疾患が 「スペクトラム ※」 の概念で捉えられるようになってきたのです。
つまり、個々の病名は異なれど、その背景にある病理学的なプロセスは共通点が多く、明確な線引きをするのではなく、連続的かつ複合的な変化として理解するべきだという考え方が受け入れられ始めたわけです。

※ スペクトラムある病気が一つの診断名でくくれず、症状の出方や病態が多様で連続性がある状態

この新しい認知症の捉え方は、単に病理学的な分類の問題にとどまりません。従来、認知症は 脳だけの問題と考えられがちでしたが、近年の研究では 全身の健康状態が認知症の発症や進行に深く関与 していることが明らかになりました。その中でも特に注目されているのが、以下のような要因です。

 

👤認知症の発症・進行に関与する全身的要因

1、🧠血液脳関門(BBB)の破綻💥

血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)は、脳を外部の有害物質や炎症性因子から守る防御システムのこと。しかし、加齢・慢性炎症・糖尿病・高血圧・腸内環境の悪化、などによってBBBが破綻 すると、異常なタンパク質(アミロイドβタウタンパク)の蓄積や慢性的な神経炎症を引き起こし、認知症のリスクが高まることが指摘されているんです。

Reviewing the significance of blood–brain barrier disruption in multiple sclerosis pathology and treatment. Int J Mol Sci.2021 Aug 1;22(15):8232.

 

2、神経炎症と酸化ストレス😫

脳の慢性的な炎症(neuroinflammation)は、神経細胞の変性を加速させ、認知症の発症に大きく寄与します。特に マイクログリア※(脳の免疫細胞)が過剰に活性化すると、神経細胞を傷つけるサイトカイン※(IL-6, TNF-αなど)が放出され、神経の変性が進行します。また、酸化ストレスがミトコンドリア機能を損ない、エネルギー代謝を低下させることも、アルツハイマー病の進行と関連しています。

Calsolaro V, Edison P. Neuroinflammation in Alzheimer’s disease: Current evidence and future directions. Alzheimers Dement. 2016 Jun;12(6):719-732. doi: 10.1016/j.jalz.2016.02.010. Epub 2016 May 11.

 

3、腸内環境(腸脳相関)💩

腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が脳の健康に及ぼす影響は近年、急速に研究が進んでいます。腸内の有害菌が増えると、腸のバリア機能が低下し、「リーキーガット症候群※」となり、全身の炎症が増加する ことが示唆されています。また、短鎖脂肪酸(SCFA) などの腸内細菌が産生する代謝物が、脳の炎症や神経伝達物質のバランスに影響を与えることも分かっています。

Cheng J. Gut microbiota-derived short-chain fatty acids and depression: deep insight into biological mechanisms and potential applications. Gen Psychiatr. 2024 Feb 1;37:e101374. doi: 10.1136/gpsych-2023-101374.

 

4、ライフスタイルと認知症🏃

近年、認知症は 「ライフスタイル病」 の側面を持つと考えられています。例えば、運動不足、加工食品中心の食事、慢性的な睡眠不足、社会的孤立、ストレス過多 は、認知機能の低下を加速させるリスク因子とされています。権威ある医学誌「ランセット」の委員会では、認知症のリスクを高める12個の修正可能なリスク因子が特定されました。これらの因子は、認知症全体の約40%の認知症ケースに関連しています。

・教育不足 ・頭部外傷 ・運動不足 ・喫煙 ・過度の飲酒 ・高血圧

・肥満 ・糖尿病 ・難聴 ・うつ病 ・社会的孤立 ・大気汚染

Livingston G. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. Lancet. 2020 Aug 8;396(10248):413-446. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30367-6. Epub 2020 Jul 30.

 

5、認知症予防に効果的なライフスタイル🤸

和食(米、魚、野菜、発酵食品)→ 認知症リスクを低下

Yamamoto C. Lifestyle and dietary factors associating with dementia status in the community-dwelling elderly aged 65 and older in a suburban town of Tokyo. Int J Soc Sci. 2018;7(2). doi: 10.20472/SS.2018.7.2.006.

 

週に150分以上の運動(有酸素運動+筋力トレーニング)→ 神経可塑性※ を促進

Revelo Herrera SG. The effect of aerobic exercise in neuroplasticity, learning, and cognition: a systematic review. Cureus.2024 Feb 11;16(2):e54021. doi: 10.7759/cureus.54021. eCollection 2024 Feb.

 

睡眠の質の向上(7〜8時間の深い睡眠)→ アミロイドβ※ の蓄積を減らす

Pivac LN. Suboptimal self-reported sleep efficiency and duration are associated with faster accumulation of brain amyloid beta in cognitively unimpaired older adults. Alzheimers Dement (Amst). 2024 Apr 22;16(2):e12579. doi: 10.1002/dad2.12579. eCollection 2024 Apr-Jun.

 

ソーシャルエンゲージメント(趣味、コミュニティ参加)→ 認知予備能を高める

Oh SS. Social engagement and cognitive function among middle-aged and older adults: gender-specific findings from the Korean longitudinal study of aging (2008–2018). Sci Rep. 2021 Aug;11(1):95438. doi: 10.1038/s41598-021-95438-0.

 

💡新しい認知症の理解と私たちにできること

これまで認知症は「治らない病気」として捉えられがちでしたが、発症リスクを下げるための介入 は十分に可能です。そして、認知症を単なる脳の病気ではなく、スペクトラムとしての神経変性疾患、そして 全身の代謝バランスやライフスタイルが大きく影響する病気 として捉え直すことで、より包括的なアプローチが可能となります。

つまり、「脳を守ること」は、「全身の健康を守ること」 なのです!

ブレインヘルス向上が人生の質を高め、健康長寿へと導く…」

今後、認知症の予防・管理には、栄養、運動、睡眠、腸内環境、ストレスマネジメント、社会的つながりの強化プラネタリーヘルス※ という包括的な視点が必要不可欠になります。
これからの時代、僕たち一人ひとりが、より科学的な理解を持ち、日常の選択をより良くし、それを積み重ねることで、認知機能を守る道が開けるでしょう。

 

※ マイクログリア(Microglia) : 脳内に存在する免疫細胞で、異常タンパク質の除去や神経修復を担う。過剰に活性化すると神経炎症を引き起こし、アルツハイマー病などの神経変性疾患の進行に関与する。

※ サイトカイン(Cytokine): 免疫細胞が分泌するタンパク質で、炎症や免疫応答の調整を担う。過剰なサイトカイン産生は**慢性炎症**を引き起こし、神経変性疾患や自己免疫疾患に関与する。

※ リーキーガット症候群(Leaky Gut Syndrome): 腸のバリア機能が低下し、未消化物や毒素、細菌が血流に漏れ出す状態。これにより**慢性炎症**や自己免疫疾患、脳機能の低下(例:認知症)などが引き起こされると考えられている。

※ 神経可塑性(Neuroplasticity) : 脳の神経回路が経験や学習、環境の変化に応じて柔軟に変化し、適応する能力のこと。シナプスの強化や新しい神経接続の形成により、記憶や学習、回復が可能になる。

※ アミロイドβ(Aβ) : 脳内で生成されるタンパク質の一種で、本来は神経保護作用を持つが、異常に蓄積するとアルツハイマー病の主要な原因物質となり、神経細胞の障害や炎症を引き起こすと考えられている。

※ プラネタリーヘルス(Planetary Health) : 人間の健康が地球環境と密接に結びついているという概念。気候変動、生態系の変化、土壌・土中環境・水・空気の質が、ヒトの健康や疾病に影響を与えると考え、持続可能な環境保全と健康維持を一体的に捉える視点。

 

以上。

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